EVER QUEST PRIVATE DIARY in Bristlebane

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: EVERQUEST :

E V E R Q U E S T


終わらない冒険、そんな意味合いを持つこのタイトル。
このゲームのタイトルが持つ意味を、かみしめてみる。

長かったけど。
冒険は終わる。

いや、正確には冒険は終わった訳じゃない。
僕は理由があってこの冒険を終わらせることにした。

途中で。

理由ってなんだと思う?
もったいぶって言うから何かと思われるかもしれないけど
単純に、もう、疲れました。燃え尽きました。

ぶっちゃけ、飽きました。

5年間続いた飽くなき探求の旅。
ゴールは見つからなかった気がする。
そういうことなんだよね、EVERQUESTって。

Ducentが、Epic Weaponを手に入れたとき、
僕のあにきぶんであるDoongerは僕に笑って言った。
「これでやめれなくなっちゃったね」

その言葉の意味って、単純なようで深い。
深いというか、僕が冒険を続けていた訳は
すべてそういうところにつきるんじゃないかって思う。

ま、それでも今、こうして冒険を終えるわけだけど。

5年かぁ。





ちょっと、振り返ってみようかな。



Ducard HIE Cleric。Lv19。

こいつを知ってる人は相当古くからの僕の友人のはず。
僕のNorrathでの冒険は、実はこいつの誕生から始まった。
Ducardの誕生日は1999.3.26。

まさにこの日から僕の冒険はスタートした。

冒険を一緒に始めたのはHIE MagicianのPurun
Purun = Doongerなのだが、それはPurunを知ってる人には周知のことだろう。

もう、5年前になるんだ...。

ってことは。

Sonic Raidsの元GL:Karoと、やさしい奥様Seraphinは
結婚5周年を迎えたことになるんだ。おめでとうございます。
Norrathで始めてKaroと出会った日、彼らは結婚式前日でした。

そしてしばらくして。



Ducent Yggdrasil誕生。
誕生日は1999.5.3。
Ducard誕生から1ヶ月ちょっとしかたってないのに
何故Clericをまた...!?との声多数。

理由はPurunが「Evilでやろーぜ」って言い出したから。
そして、DoongerとDucentのEvilコンビが誕生した。

当時Evil種族の人は全くいなくて、今のように便利な
街があるわけでもなく、肩身の狭い思いを満喫した。
初のHigh Pass抜けの時は相当苦労したものである。

いやはや。

いろんな日本人Playerと出会ったけど、シャイな僕はいつも
Purun/Doonのおけつにくっついて、一緒に遊んでばっかりだった。

伝説の大魔導士Namiと出会ったとき、彼女はCCBで大暴れしていた。
彼女は強かった。でも怖かった。よく怒られた。
Sweetcandy...って書いて分かる人、まだいるのかな。
いち早くLv20になってSurnameつけたり、Serverで数枚しかない
Robeを着ていたり、常に雲の上の存在だった人。

今、彼女はどうしてるって?

あー、最近はPoK mini-Bankの屋根の上でよく寝てるかな。

このころから一緒に遊んでいて、今でも冒険続けている人って
NamiとかMaytwistとかTakachu(当時Takako)とか...だっけか。

一緒に遊んでいなくても、この頃僕が知らないところで
旅をしていた仲間はたくさんいる。というか、いた。
その後出会って、地獄のJ-Bootsキャンプに誘ってくれたのは
LagunaとStefuny。すごいだるかったな、アレ。

でも結局僕のは出なくて、Palsatoに手伝ってもらって
別の日に即Dropでゲットした気がする。
J-Boots、当時はNajenaのRare Dropだったのだ。
ってPalsatoって懐かしい。KaichanとかChatoranとかMasmayとか。
みんな早々にQuellious serverに行っちゃったけど。

Stefunyはこれまた廃人道まっしぐらなWizだった。
いや、最近見かけるStefunyとは別人です、ってくらい。
あの頃SMRを着て颯爽と現れる彼女は輝いていた。

あ。

なんか突然Oasisの景色が頭に浮かんできた。

Oasisで出会ったHIE ClericのInotti。
いつも酔っぱらっていて、とてもおしゃべりで。
でも、頭のいい人で、Guild: ZipanguのGL。
最後、重さ100%カットの箱をくれて姿を消した。
KK Raidで溺死しまくった伝説を持つ。

Oasisの景色で思い出すもうひとり。
HUM ClericのRyuichi。SurnameはSaru。
今やAO TopのSHDだけど、PrimaryはCLRなの。

で。しばらく引退していたけど復帰。

Bushidollにも入れてもらった。
なんでBushiに入ったのかよく憶えてないんだけど。

この頃はEQを短期引退していたりと断続的なPlayが続いて
モチベーションも微妙だったからよく憶えてない。

ZipanguとBushidollの2大勢力があって、
そこに新たに生まれたのがSonic Raidsという勢力。
日本人が少ないServerにおいて3つのGuildがあった黄金時代。

Sonic Raidsが設立されたとき、僕はBushiを脱退。
この時もいろいろ迷惑をかけてしまった方々、すみません。
すったもんだの末、Raidやろうぜ的な方向性で立ち上がったSRは
それはそれは少数精鋭でRaidをやってきた時期も実際あった。

ところで。

僕の冒険を振り返る上で、最大のイベントがある。

2001年、夏。Ragefire Camp


この場所でどれほど多くのドラマが作られたか。
この場所でどれほど多くの人が一つの目的のため集まったか。
この場所でどれほど多くの人が溶岩に...ってのはいいとして。

まずは、みなさんお世話になりました。

当時、激化するRagefire Camp競争にまさにのっかるように
Epic Questをスタートした僕。みんなやってるから、みたいなきっかけ。
ラストパートであるRagefire。きついよねーって話を耳にしながらも
JPNはCLR Epicがなくて散々苦汁を飲んできた事実もあって。

僕の大型連休にスケジュールを合わせてもらって
Sonic Raids総出でCampスタート。

最初なんか、Camp権獲得するのに必死で。
Server Up直後にラッシュしてCampの取り合い。
割と押しの弱い僕はRafaleにケツたたかれて
強引に座り込んだこともあったっけか。
Karoは黙っていられず異議申し立ててくれて。
ギルドにも迷惑かけたな。

Campのルールなんて決まってないじゃん。
常識的な範囲で、僕らはFCFSを主張し続け。
でも、常識なんて全然通用しなかったし。
ひどいときは第三者から脅しのTellが来たりも。

そんな異常な状態が続く中、試行錯誤もむなしく
僕らが最終的に取らざるを得なかった手段。

和平交渉。

Bristlebaneは他のServerと違って純粋なFCFSが無く、
Rage Campも、素直に順番を待て、というのだ。

何が順番だ。いい加減なもんだ。

だいたい、誰が順番を管理してる訳でもなく、
前の人がRagefireを倒した現場にいた人が
次のCamp権を得るのだろう。そういうこと。

結局、Sonic Raidsで交代で張り込み。
張り込みといっても現場にいないとダメ、な暗黙ルール
があるから、とにかく現場にみんなで座り込み。

今いるCamperのRagefireがPopして、次の次が僕の番。
...のはずが、その間にGuildにもうひとりCampするやつがいる、
なんて言ってMemberを割り込みさせてきたあのGuild。
Succoring Wind。

彼らのCampを手伝って、仲良くなって、
俺らのGuildが終わったら、次はDucentどうぞ、って
言ってもらえる確証はないのだけど、そう信じて。

腹をくくってSolBに籠もり始めてから
確か3人分のRagefireを手伝った気がする。
その間、1週間以上だったようにも記憶している。
そのほとんどは他人のRagefireのCampなのだ。

僕の前の番だったSuccoring WindのCorii。
彼女は身重であまりLoginできないため、
CampのほとんどをGuild Memberが手伝っていた。
ココまで来ると同じ境遇のClericたちを応援してしまうもので
CoriiのRagefireを倒したときは、色んな意味でうれしかった。

そして、僕の番。
ここまでくるのに一時たりとも僕らは現場を離れず、
誰かがDucent代理として順番待ちをしてくれていた。
朝でも夜でも呼べば来てくれたHanamaruやTakachu。
Tank不足の時間にかっこよくHelpに来てくれたSanza。
仕事を休んでまで顔を出してくれたRafale。
Gosukeさんにはほとんど一緒にいてもらって、励まされて、
最後は毎晩多くのJPNが顔を出してくれるようになって。

大勢がNagafen Lairで何をするわけでもなく
蜘蛛やFire GiantをPullしてきたり、溶岩につかってみたり。
誰か死んだよね、溶岩playで。Sanzaだっけ?

途中、サーバーダウンがあってNagafenがPopしちゃったり。
なんか、僕、Naggyも2回くらい倒した気がする。
2時間おきだったかのFG掃除が思いの外大変で。


僕、Ragefire Camp中にFG掃除でLv60(当時MAX)になった男。

RagefireのRespawnは約72時間。
自分の番が来てからも最低3日はお覚悟...
な状況で毎日入れ替わり立ち替わり
遊びに来てくれるJPNのみなさん。
「Duc仮眠とってきなよ」とかって。

1週間近くEQにLoginしっぱなしで、
もはやゲームじゃなかった。

Rage出たら電話してね、って
大勢から携帯教えてもらった。

そして
9月になったばかりのある午後。
Ragefire Spawn。

Norrathというのは広いようで狭く、
僕のRagefireがspawnした直後に
知らない人からGrats DucentのTellが殺到。
あぁ、このCampってそのくらい重みがあるんだ。

古い知人だったTokiやLestardがHelpに来てくれて、
電話呼び出しでKaroもかけつけてくれた。
その時他に誰がいたかなんて憶えて無くて、
ただ、その場を仕切るのでテンパっていた。

そしてRagefire Killed。





先日、Naggy Lairをふらりと訪れてみた。
そこには当然のごとく昔のようなCamperの影はなく、
ただひっそりとNaggyのRespawnを待つだけの場所。

誰もいないLairの、Rageが出た柱の下で、
当時Rageが早くSpawnするためのおまじないで
みんなでまいたおさいせんを思い出したので、
お金の代わりに水を置いてみた。

別に何も起きなかったけど。



Epicを始めて手にしたときを思い出した。
手が震えて、心臓のドキドキが止まらなくて、
眠いんだけど、全然眠る気になれなくて、
「初Epic Res欲しい人〜?」なんて、やってたっけ。

その日は朝からほとんど寝てなかったので、
最後まで一緒にいてくれた仲間にお礼を言って寝た。
でも興奮して寝れなくて、夜、またEQしたんだけど。

Epic取れました、って、Doonに電話で言ったら、
「これでやめれなくなっちゃったね」って。
そりゃあ、Epic取ったからやめれない。

でもそれだけじゃなくて、
こんなうれしいできごとが味わえるから
Ever Questをやめれなかったのだ。

モノより思い出。





その後は次々と引退者が相次ぎ、
だんだんとモチベーション下がってきて、
第二世代の人が減り始めてきた。
Sonic Raidsが理想としたRaid重視の
方向性はBristlebaneのJPNにはそぐわなかった。

そんな流れを受け、翌年にはMaytwistの紹介で
Arch Overseerに転属することとなる。

僕が入った頃にはAOも第三世代くらいで、
中には知らない人もちらほらいたけれど、
VabtooやRoganは歓迎してくれた。

LagunaやStefunyと共に移籍して、
Asia、Japan勢がAOでがんばっていた頃。
この頃たしかHurorudoもAOにいたなぁ。
Brown Chitin Protectorつけて。

その後は...

EQ Private Diaryの通り、Raidに明け暮れる日々。

つっぱしって、たたかって、たたかって、
周りを振り回してきたこともあったけど、
みんな僕のわがままを聞いてくれた。
ありがとう。

僕の冒険はこれ以上ない勢いをつけて
AOと共に生き、AOと共に死す、みたいな状態。
でも、AOですら時代の流れで大勢の仲間を失う。
僕の大好きだったCleric仲間も、今はほとんどいない。

Plane of Timeを制覇して、大きな目標を失う。
僕が、越えたいと思うハードルはその先には見えず、
我慢していたであろう疲れが、どっと込み上げてきた。

もう、終わりにしよう。

いろんな環境が重なって、そう、思った。
思ったとたん、ふっと力が抜けちゃって
再び力を入れようと思っても入らない。

ちょっと前に、NomilusからTellをもらう。
「最近見ないけどどうしたんだい」
僕は、もう冒険を終えようと思う、って言えなくて
「忙しいんだ、見通しも付かない」
って答えたら
「義務感感じなくていいから、来れるときにRaid来なよ」
って。そういう言葉は逆につらい。

その後、はっきりした返事をしないまま、Raidにも行ってない。
近いうちにちゃんとした話をしてこなくては。
RyuichlやMaytwistには話をしたけれど、
願わくば彼らと共にGoDなんかも制覇したかった。

でも、今は僕自身がそれを願っていないから。

最近JPNのRaidがすごく盛り上がっている。
ちょっと前ではありえないくらいだ。
どこまでいけるのか、見届けたい気がする。

でも、今僕がそれを望むのは違う気がする。





長くなってしまった...。

これ、最後まで読んだ人はきっと暇な人だ。
おつかれさま。

そして、僕に親切にしてくれたすべての人に
この場を借りて、ありがとう。



JPN勢がもしも、Plane of Timeへ行くときには
僕も復帰して一緒に暴れたいもんである。

Good Luck.

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